三日坊主


今日より農作業日誌をつけるぞ!
と思いながら、題名を「三日坊主」と付けてしまいました。
自慢ではないですが、今まで日記というものを付けたことがありません(笑)。
せめて三日は持ちますように・・・。

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3月10日(水)


ようやく長女・弥生の高校入試が終わった。
私も肩の荷がおりたようにホッとしたが、本人が一番ホッとしている事だと思う。
(まだ発表が控えているが・・・。)

3月に入って寒さがぶり返し、寒い日が続いていたが、ここ2日ばかりは春が来たようだ。
北向きの雪も融け、ブルーベリーに春肥を施そうと、裏山に上った。
先日見たときと、何か様子が違う。
よく見ると、膝丈位までの新芽が伸びた枝が、刃物で切り取られたように、折られているのだ。

「何物の仕業?」
よくよく回りを見まわすと、直径1cm程の野うさぎの糞が、あちこちに転がっている。
「やられた!」と、思ったけれど後の祭・・・。

ここまで下りてこなければならないほど、山に食べ物がないのだろうか?


1月24日(土)
まだ、干しはじめです。 連日の寒さで、ただ縮こまっているしか能がない。
日中もプラスになる時間がなく、先日降った雪も一向に解ける気配がない。

この天気でよく出きるのは、「凍みだいこん」くらいだ。
嬉しいやら、悲しいやら・・・(笑)



1月10日(土)
今朝は寒かった。
今シーズン初めて、「水道」が凍った。各蛇口までの立ち上がりには、凍る事による破裂防止のために電熱線を巻いてあるが冷え込みが厳しい時には、朝方の数時間、水が出なくなる。
氷点下12℃以下には下がったのだと思う。

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さて、「こんにゃく」の続き。
江戸時代の「百科辞典」で有名なのは「和漢三才図会」。
この中にこんにゃくに関する面白い下りを見つけた。

紀州粉河、総州鍋山の産を上とす、備前丹後これに次ぎ、讃州またこれに次ぐ

当時の「こんにゃく」の名産地に関する記述である。
「和漢三才図会」の刊行が1713年であるから
、5代将軍・綱吉の晩年から6代将軍・家宣の頃にあたる。
約300年も昔のことですが、「総州鍋山」に注目してもらいたい。
現在の「千葉県佐倉市」である。

実は「佐倉」は、私の生まれ故郷なのです。加えて「鍋山」は母校・佐倉高校の建つ所なのです。
京成の「佐倉駅」を下り、東に向かってなだらかな登り坂が続きます。約700m程の道のりを悪友達とテクテクと歩いた事が、昨日の事のように思い浮かびます。

随分昔のことでも、自分と関わりのある場所が、こうして「こんにゃく」と深い関係があった事にビックリしています。
我が家の「こんにゃく」、歴史があるんですね・・・(笑)。

1月4日(土)
ここ何年もなかった穏やかな正月である。
雪もないし、風もなく、とにかく暖かいのがうれしい。

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藤右衛門さんの続き

我が家の掛軸にもある藤右衛門さんを讃えた漢詩は、茨城県多賀郡上君田村に生まれた、「田村賢孝」の作だと言う。(こんにゃく史料・山方町史)

ところが面白いのである。
「山方町史」からは、最初の一行が我が家にある掛軸と同じ、
釣ヲ止メ
とあるのに対し、「こんにゃく史料」では
駒を止メテ
と出てくるのである。

どちらもいかに一般の作物の耕作に不向きな土地であったかを物語っているのではないか?
また他の「藤右衛門講」の掛軸の中には

然レドモ、地僻ニシテ四面峨峨、良田有ル無シ。(山方町史)
此地山岳四周して田に良地なく、僅かに粟麦を得るに過ぎず、(こんにゃく史料)

との記述も見ることができる。
おもしろい、と思った。
価格低迷のため、こんにゃくを作る人が減ってしまった今、この地で「トマト」を作る自分がここにいる。
「在来種」である昔からのこんにゃくは、水捌けの良い砂礫の多い土質で日照時間が短いにもかかわらず、適度の土中温度が保持できる、南向きの斜面が良いとされてきた。
トマトにとっても、実はこれが一番良い条件なのである。

「こんにゃく」と「トマト」、無理やり結び付けてしまっているのかも知れないが・・・(笑)。


12月20日(土)
1俵が10年で8万俵? 外は、風混じりの雪である。
吹雪に近い。


今、「さしみこんにゃく」のページを充実させるために、あちこち話を聞いたり、いろいろ参考になるものを集めている。

そんな時、頑固ばあちゃんが一枚の掛軸を引っ張り出してきてくれた。
この地で「とうえもんさん」と親しまれた、「中島藤右衛門」の掛軸である。

こんにゃく栽培が盛んだった頃、掘り取りが終わると、皆が集まり「藤右衛門講」を開き(この掛軸をかけて)、藤右衛門さんに感謝したと言う事である。こんにゃく栽培農家にとってはまさに「神様」のような人らしい。
ここから車で40分程、今の茨城県山方町の生まれで、初めてこんにゃくの製粉技術を確立した人だという。
山間の痩せた地でも栽培できる「こんにゃく」はこの製粉技術の確立によって爆発的に生産が伸びたという。

頑固ばあちゃんがこの地に嫁に来た、50年も昔の事が思い浮かぶ。
改めてこの地の「こんにゃく文化」の奥の深さを感じる。

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掛軸の漢語、何となくは意味は掴めるのですが、どなたか読んで頂けませんか?(笑)。
(藤右衛門さんの前の床机の上にあるのが「こんにゃくいも」です。)

名字帯刀が許された「藤右衛門さん」


12月12日(金) あっと言う間の一週間である。
師走に入って、益々早い。

今日は、昨日から続いた雨が、午前中まで尾を引いた。
いつもお世話になっている測量士のAさんが、自分の畑で採れた「そば粉」をお土産に、遊びに来られた。
Aさんの畑は、茨城県北の里見村にある。
県北の里見・水府・金砂郷はそばの産地としては、結構有名らしい。
ここからそばを仕入れている蕎麦やも多いと聞く。

我が家では、次男坊の彬生がそばには目がない。
ところがあとの家族はみんなうどん党である。旨いそばを食べた事がないからだと言われればそれまでだが、「ここの蕎麦やが旨い」と言われ、立ち寄ってみるのだが、どうもピンと来ない。
食わず嫌いではないのだが・・・。

思いきって、頂いた粉で、自分でそばを打ってみようか。
「そば」に対する見方がだいぶ変わるかもしれない。
よし、挑戦あるのみ!

12月05日(金) 気象歳時記をもうひとつ。
(そんなに恰好のいいものではありません。地元の言い伝えかな。)

冬の寒さが厳しいこの辺りでは、「この冬の雪は・・・。」が話題になる。
カマキリの巣の他にもたくさんあるらしいが、「南天が実を多くつけると、大雪。」
という説もあるらしい。
我が家の庭先の南天は、夏にトマトの受粉で大活躍する「マルハナ蜂」が、せっせと庭先まで足を運んで受粉の手伝いをしてくれるために、とても実の付きがよい。
それでも今年はたわわに実の付いている房が少ないように感じる。
この説が当っていれば、カマキリの巣同様、例年に比べ雪が少ないということになる。

当ってくれればいいな、と願いながらも、春先の水不足も困るし、なんとも複雑なところだ。
雪が少ない方が日々の生活は楽なのだが・・・。(大人の意見(笑))

12月03日(水) 今日も暖かだった。

ようやく本格的にトマトハウスの後片付けに入った。
今日は順調に、4棟の
屋根を剥がす事ができた。

私が好きなラジオ番組にTBSの「森本毅郎・スタンバイ!」がある。
そのなかでも今日水曜日は、お天気キャスター・森田正光のお天気コーナーがある。
私は、この人の語り口がたまらなく好きだ。
今日の話の内容は「カマキリの巣の高さ・・・。」から、今後の天気を占うという内容だった。
どうやら今年のカマキリはそれほど高い所には巣を作らなかったらしい。
平年に比べ、雪が少なく暖冬予報が出ているという。

後片付けが終わるまでは、予報が当ってくれるといいな・・・(笑)


12月01日(月)
迷犬ラッキーです。 今日も雨である。

「一日降り(ついたちぶり)は雨」
とこの辺りでは、よく言います。月の始めに雨が降ると、その月は雨が多いということです。
女房も洗濯物が乾かないとぼやいています。
雨が多いせいか、例年に比べまだ厳しい寒さがない事は助かるのですが・・・。
うー。後片付けが捗らない(泣)。

忘れておりました。初めての登場です。
我が家の一員、「迷犬ラッキー」です。『迷犬』の名の通り、こいつが我が家にやってきた経緯は、また後ほどお話します。
犬種はゴールデンリトルバー。
とにかく大きい。
次男坊彬生ではとても散歩はできません。

現在、「クロ」に変わって鶏達の番をしています。



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